甲斐武田家発祥の地・韮崎をめぐる

更新日:2023年03月28日

  武田家ゆかりの地をめぐる


2023年放映の大河ドラマ「どうする家康」にも登場した武田家。

甲斐源氏の一族の竜光丸(りゅうこうまる)が韮崎市の武田八幡宮で元服し、武田信義(のぶよし)を名乗ったことにより、甲斐武田家が発祥したといわれています。

 

今回は、甲斐武田家発祥の地である韮崎市の”武田家ゆかりの地”をご紹介します!
 

武田八幡宮
武田八幡宮
武田八幡宮
武田八幡宮

 

創建から1200年を超える古い歴史をもつ武田家の氏神。

武田信虎公・信玄公により再建された本殿は、武田家の強大さを誇る造りとなっており、国の重要文化財に指定されています!

 

願成寺
願成寺
願成寺
願成寺


甲斐武田家の祖・武田信義公の菩提所。

信義公が造立したと伝えられる「木造(もくぞう)阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)および両脇(りょうきょう)侍像(じぞう)」(国指定重要文化財)や、信義公の墓塔(ぼとう)とも伝えられる「五輪塔(ごりんとう)」、後白河法皇が命名した「鳳凰山」の山号額(市指定文化財)など、当時を(しの)ぶ貴重な歴史が感じられる古刹(こさつ)です。

 

※坐禅会や法話も随時受け付けています。(要予約)

※「木造(もくぞう)阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)および両脇(りょうきょう)侍像(じぞう)」の拝観は要予約

 

 

新府城
新府城跡
新府城

新府桃源郷

新府城

丸馬出


 

★続日本百名城★

武田家最後の当主・武田勝頼公によって七里岩の台地に築城された城郭。

織田・徳川軍に攻められ、築城からわずか68日という短さで自ら火を放つこととなった悲運の城とも言われている一方で、戦国武田家の集大成の城をいまに伝える良好な城跡です。

新府城跡からは、富士山や八ヶ岳のほか、春には一面に咲き誇る新府桃源郷を望むことができます!
 


⇒新府城の続百名城スタンプと御城印・武将印は韮崎市民俗資料館でGET!

☆詳しくはこちら☆

韮崎市民俗資料館
韮崎市民俗資料館
涙の森
涙の森
涙の森


1582年3月3日、織田・徳川軍に攻め込まれた武田勝頼公は、新府城に自ら火を放ち、家臣小山田信茂が待つ岩殿城を目指して逃げたとされています。

「涙の森」は、炎に包まれる新府城を振り返り、夫人とともに涙にくれたといわれている場所です。


勝頼夫人は「うつつには おもほえがたきこのところ あだにさめぬる春の夜の夢」と一首を詠じ、名残を惜しんだと伝えられています。

 

 


 

武田家の武将が望んだかもしれない景色を、あなたもぜひ巡ってみてはいかがでしょうか?

 

 

このページに関するお問い合わせ先

(一社)韮崎市観光協会
〒407-8501
山梨県韮崎市水神一丁目3番1号
電話番号:0551-22-1991


メールでのお問い合わせはこちら